活動記録

     
 

 

平成21年6月   

山中統一郎   

筆者(42年卒)は3度目の正直。他のメンバーも、それぞれ2度、3度。今回隊長をお勤めいただいた岡田先輩(38年卒)に至っては、なんと4度目の挑戦で、メータークラスのタイメン(和名イトウ)を狙う。ブランドルアー“ザンマイ”を製造販売する、39年卒小平先輩のご子息、豊氏がメンバーに加わったのは心強い。
今回は、ひと山越えればロシア国境、という文字通りの辺境へ。北海へそそぐロシアの大河エニセイ河の上流、シシグド川を目指す。岡田先輩のモンゴル人脈から結実した、エキゾチックでエキサイティング、文字通りワイルド極まりない旅となった。


地の果てへ
 
首都ウランバートルで通訳クンと合流し、翌6月14日、国内線に乗りついで500`先のムルンへ。飲料等を調達して車2台に分乗、300`の苛酷なドライブが始まる。9時間近くを要して、第2宿泊地着。ここでヤク(牛の仲間)一頭を5日間のタンパク源として調達。翌日は車を筏に乗せて川を渡るなどしてさらに北上。ようやく国境付近の集落、テンギスへ着く。ここから先は車も入れない。荷物は馬で搬送してもらうこととし、人間はゴムボートに乗り換える。一時間程度と記憶するが、奔流の川下り。これが、また恐ろしい体験だった。
大地に突きささる虹
  
     
                  家畜の群れと蛇行する川  夕闇迫るモンゴル高原。20:54。
   
白波が立ってアブナイと思っているところに、どういうわけか、ボートは真っ直ぐそこへ突っ込んで行く。ボートは浸水、足元はずぶぬれ。それもその筈、二人の漕ぎ手のうち、通訳のヤギーくん、日本語は上手いが、ボートは苦手。聞けば、生まれて初めてオールを握るとか。今頃聞いても後の祭り。我慢すれば、いずれ到着するかと思えば、それほど甘くはないのがモンゴル流。ここから先は危険だと、ボートを降ろされる。とっくに夕飯時間なのに、ひたすら歩くこと更に2時間半。キャンプに着いたのは、午後の7時だった。東京を出てからもう三日。
モーターがないのだから、帰りはボートでは帰れない。車もない。ではどうするかと言うと、モンゴル流には馬しかない。一人を除いて乗馬の経験はなかったが、馬の背中にしがみつき、崖っぷちの小径を辿ることになるのだが、それはこの時点ではわからない。
 
モンゴルの渡し
急坂に喘ぐランクル
   
 
更に奥地へ。奔流を下る。 崖っぷちを行くキャラバン(帰路)
天国の庭
 
釣り場周辺はKhanagai(ハナガイ)と呼ばれる。花がイイと言う意味であろうと勝手に思ったが、百花繚乱、足の踏み場のないほど草花で満ち溢れた高原だった。高地特有の背丈の低い植物が咲き誇っていて、野草好きには涎が止まらない。これぞ天国、さてはここへの入口の集落、Tengis(テンギス)とは、天国へキスをするところであったのかと、妙に納得。これだけでも、はるばるやって来た甲斐があるというものだ。
ここらには遊牧民も入らないので、馬や羊が草を食うことがない。従って、草がみな花を咲かせる、というのが他の地域と違うところだとか。
  
足の置場がない!! モンゴル版忘れな草 この花は心が暖まる!
 
天国には虫も多い。蚊や虻は大したことはなかったが、スゴかったのはトビケラ。その数、数百万か、千万か。この2cmほどの水生昆虫は人を刺したりしないものの、一種ひんやりとした体を持つこの虫に、顔や首筋を這いずり回られるのは、決して愉快なことではない。しかし、この虫などのお蔭で魚が多いのも事実。川岸に生える柳の小枝をすこし揺すってやると、40〜50匹ほどが川面に落ちて流れ出す。わずか数秒のうちに、グレーリングなどの魚が浮上して、彼らの胃袋の中に消えてしまう。待ち受ける魚の数もすさまじい。ここはまさしく豊穣の世界だ。
モンゴル版都忘れ モンゴルの唐松草 気品溢るる花だった!
釣り
 
我々のロッジ(釣り客10名収容可能)は、ハナガイ唯一のフィッシングキャンプ。毎年、メータータイメンを量産し、一人一日5匹位のタイメンが釣れるのが相場だとか。同じ時期に滞在した4名のチェコ人グループは、メータータイメンを2日で5本上げたと自賛し、我々を大いに悔しがらせたが、聞けば毎年やってくる常連の釣り師で、ポイントを熟知していること、ルアーとフライでの釣りに固執した我々と異なって、活き餌を使った釣りをしていたのが理由だと、我々は秘かに唇を噛む。
チェコ資本経営のキャンプ
  
詳しくは読んでないが、2008年、タイメン保護のための法律が制定されており、釣りはシングルフックでバーブレス、キャッチ&リリースと言うことになったことは間違いがない。簡単に釣れる餌釣りは禁止となっていた可能性がある。モンゴルにも自然保護の動き、結構なことだ。

例年、20〜30cmしか降らないこの地域に、今冬は1mを超す降雪があった。また、直前にかなりの降雨があったことで、川はポイントが見えないほどに増水。そのなかで、岡田先輩5匹、その他のメンバーも0〜3匹のタイメンを釣ることが出来たが、サイズは最大でも78cmにとどまり、またも課題を持ち越した。

その他の魚種では、鱒の仲間レノックが7〜8本。サイズは大きいので70cm。美味で知られるグレーリングは入れ食い状態で、フライ組はこれで大いに鬱憤を晴らす。サイズは最大で43cm。
前夜の雪を踏みしめて釣り場へ
キャンプに貼られた刺激的写真の数々
 
78cm タイメン 70cm レノック
40cm グレーリング ディナーを担ぐガイドさん
  
嗚呼、“近代化”!
 
車は通わなくても、ヘリは飛ぶ。この辺境の地にも欧米人が多数訪れて、彼らのニーズを満たす建物が建ち、電灯が灯って、シャワーが出る(出るはずであった)。ビーツのスープを上手に作る専属のコックも居れば、快適な夜を保証する素敵な薪ストーブもある。トイレはどっぽん方式であっても、腰掛け方式であり、深さも5mはあって中身まではうかがえず、まずは快適と言ってよい。

しかし、だ。天国に地上の造作は似合わない。釣り場に空きカンなどを見つけることは、とても悲しいことだし、ガイドや運転手にチップをやる習慣が根付いてしまったことも本当に残念だ。誰だって、天国まで来て、カネの話はしたくはないだろう。

ウランバートルの喧噪、交通渋滞。次々に立つガラスのビル、アパートの群れ。Café,Pub,Clubの類の英語の看板、胸をはだける若い女性。来る度に、“アメリカ”が近くなる。

地球上でもっとも手垢がついてないと思われたモンゴルで、年々大きな魚が釣れなくなっていると言う。釣りのルールが導入されたこと自体が、それを雄弁に物語る。豊穣の楽園は、どこへ行ってしまうのか。天国のこれ以上の“近代化”だけは見たくないものだ。
完   
  
     
 

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